東京陰陽師~天現寺橋怜の場合~発売を記念して、
ライター・穂波さんがツイッター上に掲載したSSSをまとめております。


【蚊/0714】


「…それどうしたの?」

ふと、上大崎が天現寺橋の首筋に赤い痕があるのに気付く。
天現寺橋はしまった、と苦虫を噛み潰した。

なぞるように触れてくる指と声の冷たさに、背筋が凍る。
怒っている、すぐに天現寺橋は分かった。動揺を隠そうと、唾を嚥下する。

「…蚊に刺された」

――嘘だった。これは昨日、四谷につけられたものだ。
無論、上大崎と付き合ってからそのような行為は断っている。だが、昨日は油断をした。

四谷にとっては戯れのつもりだろう。貸し借りの延長線上の行為、去り際に痕をつけられた。
あとで上大崎の反応はどうだったか教えるよう、嗤いながら。

(本当に意地が悪いよね、四谷様は…)

「…本当にそれ、蚊にさされた痕? ねえ、嘘じゃない?」

しつこく聞いてくる眼前の相手に、どうしてくれようかと、嘆息する。
仕方が無い、嘘も方便だ。

「本当だよ」

天現寺橋は顔色も変えず、そう言い切った。

「そう…なら、消毒しないとね」

「え…」

何を、と言い切る前に柔らかい感触が首に落ちる。
上大崎の唇が、舌が、ねっとりと絡み付き、肌を吸い上げる。
突然与えられた官能が、甘い痺れとなって身体を駆け巡った。

「ン、ぁ…」

「動かないで。消毒なんだから」

上大崎は天現寺橋の動きを固定し、舐っては、甘噛みを繰り返す。

「怜…ん…」

ちゅくちゅく、と。わざと音を立てるようにしてもどかしげに、けれど執拗に吸い取ってくる。
下手に逆らったら喉を食い破られそうで、天現寺橋は上大崎の行為を受け容れるしかなかった。

「すぐ、る…」

暫しの時間が過ぎ、やっとで解放される。じんじんと、吸われた箇所が痺れて熱い。

「ふふ、僕の痕がくっきりだ。ごめんね」

「いや、大丈夫…」

「そう、良かった。でもね、怜…これくらいで赦すのはこれっきりだよ。分かった?」

「……」

「大好きだよ」

微笑む上大崎に抱き締められ、天現寺橋は首筋に指を這わす。
甘い痺れが、未だ残っていた。


【了】





【下着の脱がし方とタイミング/0715】

◇バサラの場合

「センセイ、はい手をばんざーい」

「…ばんざーい…」

「ふふふ。ええい、よいではないかよいではないか~、帯、くるくる」

「…くるくる」

「はい、次はおパンツですよぉ」

「おパッ…バサラ、いちいち言わないと脱がせられないのか?」

「うふふ、今日はそういうプレイなんですよー」

「……」


◇目黒の場合

「ほら、自分で脱いでみろって」

「ッ、変態…」

「くく、変態で結構だね。ほら、着物捲って下着さげろ」

「…こんなの見て楽しいのか?」

「ああ、興奮するね。それともおこちゃまは、
毎回俺が下げてやらないと駄目ですか?」

「ッ、やればいいんだろ!」

「くくく」


◇四谷の場合

「ふふ、良い眺めだねぇ」

「…ッ、ぁ、…もう、触って…」

「我慢が足りぬよ、天現寺橋。もっと扱いて、私に可愛いお前を見せておくれ」

「あっ、ん…」

「…もう下の布もびしょ濡れではないか。こんなもの私が取ってやろう」

「ぁ、四谷…」

「さあ、有りの侭の姿で私を誘って御覧」

「っ…」


◇上大崎の場合

「ぁ、怜…そんな」

「何を恥ずかしがってるんだ。興奮してるくせに…苦しいだろ、脱がしてやるよ。ん…」

「っ、口何で下着を噛んで…自分で脱げ…あっ」

「ほら…もう丸見えだ。それで…きみはどうしたい?」

「ッ、僕も怜の裸が見たい…」

「ふふ、じゃあ今度はきみが脱がしてくれよ」

「…うん」


【了】




【大人の久人と天現寺橋/0716】

その日、朝寝をしていた天現寺橋を揺り起こした者が居た。
それは―…、

「…天現寺橋さん」

「ん…誰だ…」

呼ばれ目を覚ますと、見慣れた顔がこちらを覗き込んでいる。
いつもの黒い髪に赤い眸、けれど…どこか優しげな雰囲気を纏っている。
これは本当に己の恋人なのだろうか。

「将人…?」

よく分からないまま、名を呼んでみる。
すると相手は微笑んで、髪を撫でた。

「久人、ですよ…ああ、大きくなっちゃったから分かりませんか?」

「…久人、君だって? そんな、だってきみはまだ子供…」

「天現寺橋さんの為に早く大人になったんですよ。
ほら、もう子供じゃないから、こんな事もできる――」

「え――」

途端、抱き締められ、噛むようにして唇を塞がれる。
天現寺橋は驚いて、久人の胸を思い切り叩いた。

しかし、引き剥がす事も出来ず、その重さにただひたすら天現寺橋は困惑する。
よくよく感じれば、全体重を掛けてのし掛かってくる久人の体格は、
目黒より僅かだが逞しく力強い。

「だ、め…久人く、ん…」

「天現寺橋さん…僕の想いを受け止めて下さい…」

「ん、ぅ…」

久人の肉厚の舌が滑り込んできた。そして、天現寺橋の舌に激しく擦り寄せてくる。
しゃぶるような所作に喉がひくり、と鳴った。
目黒と似ている強引な口づけと、けれど、目黒とは異なる匂いに脳裏が痺れる。

「ん、…愛してます…」

久人の言葉と身体に翻弄される。抗いきれない――そう思った。

「やめろっ、久人!」

――ばっ、と勢いよく目黒は布団から飛び起きる。

隣では裸の天現寺橋が、寝息を立てながら健やかに眠っていた。
此処は目黒の寝室……無論、久人はいない。
久人が狭間に戻っているのをいいことに、一日中ベッドで過ごしていたことを思い出す。

「はぁ…夢、か」

目黒は安堵の息を零す。呼吸は乱れ、心臓が激しく音を立てていた。

(は、全く変な夢だったよな。はは、ありえねぇ…)

確かに、久人は天現寺橋に淡い恋心を抱いているようだったが、まだ子供だ。
そう、子供――、

(でもよ、俺があさひと会ったときは五十過ぎで…ん? 久人って本当はいくつだ…)

ふと、そんな疑問が湧き上がる。

(…っ、深く考えるのはやめだ…)

しかし、すぐその疑問を放棄すると、目黒も再び瞼を下ろした。
無理矢理、寝てしまう。

(これ以上ライバルが増えてたまるかっ)

そんな目黒の夢が本当になる日はそう遠くない…かもしれない。


【了】





【翔太と上大崎/0717】


「優…おい、優」

天現寺橋はテーブルに広がる広告チラシの束から、
“それ”を見つけ上大崎に声を掛けた。

「どうしたの?」

上大崎は冷蔵庫から炭酸水を取り出すと、飲みながらリビングに戻ってくる。
天現寺橋にはジュースの入ったグラスを差し出した。

――此処は上大崎のマンション。
カウチのソファに腰を落としながら、天現寺橋は一枚の手紙を指で抓んだ。

「…何できみ宛に翔太から手紙が来てるんだい?」

分からず小首を傾げる。
封筒には確かに、天現寺橋の甥っ子である「天現寺橋翔太」の名が綴られていた。

「何でって、文通してるからだよ」

あっけらかんと答える上大崎に驚く。
いつのまにそんなやり取りをしていたのだろうか。

「ほら、きみの実家って色々あるだろ。帰ってからも心配でさ、僕から手紙を出したんだ」

「成る程な……気を遣わせて悪かったね」

「ううん。何か他人事に思えないし…あ、きみも読む?」

「…いいのか?」

「勿論! 翔太君も喜ぶよ!」

「ふむ…」

言われ、天現寺橋はゆっくりと手紙を広げた。
丁寧に書かれた文字を読んでいく。

『優おじちゃん、いつもお手紙ありがとう。僕は今日初めて禊の咒言を習いました。
でも、優おじちゃんが見せてくれた術のほうがキレイでした。

僕はやっぱりおじちゃんみたいな術が好きです。
だから僕は上大崎流の勉強もいつかしたいって思います。
だから、そのためにも修行、頑張るね。

そして、優おじちゃんみたいに優しくて、
怜おじちゃんみたいに強い陰陽師になりたいです。
そして、天現寺橋流を変えていくんだ、きっと。

二人とも大好きです、早くまた会いたいな。

追伸。八咫烏も大きくなったよ。
でもね、少し元気が良すぎてよく父様に怒られてます』

「……」

読み終えると、ふんわりと天現寺橋の心が温かくなる。
翔太が健やかで本当に良かったと思う。
きっと、翔太の才能ならば望むような陰陽師になれるはずだ。

(その日を楽しみにしてるよ…)

ふふ、と微笑む。

「……翔太、夏休みには遊びに来るかな」

「いいね、そうしたら三人でどっか遊びに行こう! 海とかもいいね!」

「…海って、盆の季節は浮遊霊が多くて危険なんだが……」

「大丈夫、符を沢山持っていくからさ。僕が二人を護ってあげるよ!」

「……」

(いや、きみが危ないんだよ。いい加減自覚しろよな…)

一発ビシッと言ってやろうかと考える。
けれど、――楽しげに笑う上大崎が可愛くて、天現寺橋は黙って頷いた。

ひとまず、三人で海で泳ぐのが今から楽しみである。


【了】





【四谷と主/0718】


「ああ、此処に居たのかい」

梔子の芳香が漂う山の奥深く、男は立ち尽くす仔どもに声を掛ける。
すれば、仔どもはこちらを向いた。

「――主」

仔どもは白粉をした女のように肌が白く、絹のような髪は白銀だ。
人ではない存在――男が或る理由で以て生み出した妖である。

そして、男は咒師だった。
三毒の呪詛を扱う、神に背く穢れた“ひとなきもの”、
そう幼き頃から言われてきた。
それは麓にある村でも――いや、もうその村は数年前に滅んでいた、か。

「……」

「あの、主…?」

「ああ、すまない。其れよりお前様こそ、もう夕餉の刻だというのに如何して戻らぬ」

「空、を見てたのです」

「空を?」

「はい…今日の夕焼けは、とても……綺麗です」

魅了されたかのように景色に思いを馳せる仔どもに倣い、男も茜色に染まる空を見上げる。
夕日の光で木々は煌めき、確かにとても幻想的だ。

けれど――男には、真っ赤に染まる空を綺麗だとは到底思えなかった。
どちらかといえば流した血や臓腑のように見え、血腥い。

赤く色づく山々は焔に包まれているかの如く。
そして、浮かぶ赤い月は厭でもあの日を思い出させる。
憎んで憎んで、どうしても赦せなかった。

「こほこほっ…」

「あ、主、大丈夫ですか!? 此処は肌寒いです…どうぞ屋敷に」

「ああ、そうだね…では共に帰ろうか」

「はい…」

仔どもは男の背中に腕を伸ばし、寄り添う。
髪を撫でれば嬉しそうに目を細めた。

「今日の夕餉は玄米と焼き魚。あと干芋だ」

「ッ、…主、私はあまり干芋は…」

「ふふ、知ってるさ。だから私の分だけさ」

「主…」

「ふふ、お前様は可愛いね」

そう、可愛い可愛い……己の復讐で生まれた仔どもよ。

(それでもお前様と居れば私はほんの少し人らしく笑えているよ)

仔どもの手を握りながら男はそっと微笑んだ。そして、赤い空を再び見つめる。

(明慶…お前様も此の空を見ているのだろうか。……見れて、いるのかい?)

そして同じように厭うているのだろうか。空を、赤い月を。
ああ、憎みながらも今日もきみを思う――。


【了】




【上大崎の式神・キリク/0719】


式神キリクの朝はまあまあ早い。
五時には起床して、朝食を作る。

「今日はフレンチトーストにしよう…」

他はコールスローにトマトポタージュ、シリアル入りヨーグルト。
朝は和食より洋食が好きな主人のために、
オシャレなカフェに出てくるようなメニューを毎日考えている。

フクロモモンガである己は本来夜行性であり、
寝てていいよと彼の主人も言うのだが、出来る事はしたいと思っている。
キリクにとって主人の為に何かすることが、心から楽しく、また嬉しいことなのだ。

「さてと」

適度に下ごしらえが出来ると、今日着る用のスーツを、用意する。
洗濯に関してはほとんどクリーニングなので、用意するだけだ。

次にシャワーの準備をして、洗濯だ。
ほぼクリーニングに出してはいるが、細かいものはキリクが洗っている。
最近はジムに通っているため、地味に洗濯が増えた。

「ただいま、キリク」

「お帰りなさい、優坊ちゃま」

六時になると、朝の日課であるジョギングから主人が帰ってくるのを笑顔で迎える。
主人がシャワーに入っている間に、キリクは食事を並べた。

「いただきます…ん、今日もおいしいね。さすがだよ」

「ありがとうございます」

「あ、そうだ。今日は撮影のあと、怜の事務所に行ってくるから遅くなるよ」

「そうですか。お泊まりになるようなら、電話下さいね」

「うん、そうするね」

笑顔の主人にキリクは微笑んだまま頷く。
元々忙しい人ではあったが、片想いの君と両思いになってから、
格段に帰宅が遅くなり、外泊が増えた。

仕事や危険な依頼によってはついて行くこともあるが、
キリクは留守を守ることが多かった。
キリクが極度の人見知りのため、そう主人が配慮してくれている。

(これって…すごく式神として駄目だよね。
優坊ちゃまは無理に外へ出なくていいって言ってくれてるけど)

それこそ同じ式神のバサラを見習って、己も率先して主人の護衛をするべきなのだ。
だから、そう…己はとても甘やかされている。これ以上のことを望むのはいけない。

(だけど、ほんの少しだけ寂しいな…)

そう、分かっていても…それでも、もっと上大崎と一緒にいたいのだ。

(…こんなのワガママだ)

キリクは主人に気付かれないよう目を伏せる。
けれど、心裡にある感情をぐっと抑え込んだ。

「ねえキリク」

「はい、何ですか?」

「今日はどこのお土産を買っていったら怜は喜ぶかな」

「そーですね。優坊ちゃまが考えたものなら、きっと何でも喜んで貰えますよ」

「そっか、そうだよね! あー早く怜に逢いたいな」

「ふふふ」

(優坊ちゃま、本当に嬉しそう…良かったな)

――そう、確かに少し寂しい。
それでも、やはりキリクは幸せそうな主人の姿を見るのが好きだった。
主が笑っていれば、こんなにも嬉しい。

「じゃあ、行ってくるね」

七時過ぎ――主人である上大崎は元気に仕事へ出掛けていく。
それを見送ると朝の仕事は終わりだ。

布団を干さない日は少し仮眠をして、
午後から掃除やら主人に頼まれた仕事をこなして行くのが常なので、今日もそうする。
自室に入ると、フクロモモンガに戻って、ふわふわのお布団に転がった。

「あれ、何かお布団がかたい」

首を捻る。不思議に思いながら毛布を捲捲った。すると、そこには――、
なんとそこには、大好きなナッツが沢山入っている袋と手紙が置かれていた。

『いつもありがとう、おやつに食べてね。
あと寂しかった言うこと…きみに一番良い方法を考えよう』

「優坊ちゃま…」

キリクは手紙をぎゅっと握り締める。
やはり己は甘やかされている式神だと、そう思った。


【了】





【天現寺橋の手料理/0720】


(ふむ、何か喜ぶことをしたくて、気まぐれに手料理を作ってみたりしたんだが…見事失敗した)

◇上大崎の場合

「僕の為に怜がクッキーを…うわっ嬉しい」

「でも、その焦げて…」

「え、全然いいよ。いただきます…ん、苦いけどおいひいよ」

「本当か…?」

「ふふ、怜の愛情の味がする」

「何だそれ…ったく、腹壊しても知らないからな」

「大丈夫…だからほら、もっと食べさせて。アーン」

「…ばかすぐる」


◇目黒の場合

「おい、この墨は何ですか…せんせ?」

「朝食用の鮭、だ」

「ったく、どうしたらこんな風に…待ってろ、他に何か作ってやる」

「悪い…って、捨てないのか?」

「あ、俺が食うよ」

「え…」

「お前が俺の為に作ったもんだろ。捨てねぇよ、コイツもお前の気持ちも。 …な、お姫様」

「莫迦な奴…」


◇四谷の場合

「ふむ、作るのは卵焼きだと耳にしていたが…そぼろの聞き間違いだったか」

「…失敗したんだよ」

「ほう。そうか、失敗ねぇ」

「…何だよ、厭なら食べなくて…んっ」

「ふふ、お前の口移しなら食べても構わぬ…さあ、馳走せい…ん」

「ん、ぁ…んんん…」

「ふふ、甘い味付けだ」

「ッ…莫迦」


◇バサラの場合

「……」

「センセイ、どうかし…あ、ちゃんと固まらなかったですねゼリー…」

「ああ…。せっかくバサラに喜んで欲しかったんだが…悪いね」

「そんなッ…ああん、落ち込むセンセイも可愛い!
大丈夫です、ゼリーをセンセイのアソコに塗って…
ボクが全部ペロペロしてあげますからっ」

「バカサラ」





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