絵:坂本あきら 文章:穂波   ウィンドウを消してお戻りください

「天(あめ)には栄え」


肌を刺す冷たい空気に吐く息は白く、剥き出しの手は冷たい。
厚手の羽織を着てマフラーで首元を温めてはいるものの、限界があるというものだろう。
少しでも寒さを凌ぐように袂に両手を隠しても、凍える身体は温まらなかった。

「……寒波が来ると言われた日に依頼なんて無くてもいいだろうに。まったく、僕は随分と運が悪いね」

文句を言いつつ、先刻依頼を終えたばかりの天現寺橋は、六本木界隈を足早に歩いていく。
無論、足が急くのは寒さが一番の理由であるのだが、今日ばかりはそれだけではない。
街がXmasで賑わっているというのが、天現寺橋をどこか落ち着かない様子にさせていた。これも、幼き頃の呪縛だろうか。

「――あ」

差し出されたティッシュを無視できず、受け取ってしまう。全くもって調子が狂うと、天現寺橋は息を吐いた。
青いイルミネーションが綺麗に瞬く中を歩きながら、事務所を出る前にバサラから言われた言葉を思い出す。

「Xmasのご馳走を用意して待っているので早く帰ってきて下さいねー」

いつもより豪華だと予想される食事は楽しみだと思いつつも、やはりどこか不寛容にざらつく気持ちが、心を濁す。
ふと、イルミネーションに集る人の群れに、見慣れた姿を見つけ聊か眉を顰めた。視線を奥一点に合わせる。

「四谷」

妖しく微笑み立つのは凜とした空気纏う、羽織役だった。

「……これはまた、随分とこの場所に似つかわしくない奴が現れたものだね」
「そうかい? 私は祭りごとが好きなんだ、おかしくもないだろう」
「いや、甚だ違和感があるけど」

「なぜだ? 私が違和感があるならば、キリスト教徒でもない者がイエスの降誕祭を祝うのも不自然極まりないと思うが、どうだい?」

確かにXmasは宗教的儀式である。
戸口などに飾られるヤドリ木は幸運を約束する力を示すものであるし、ツリーが三角形なのも信教・希望・慈悲という、宗教的な意味が込められているからだ。

「何かにつけて祝い事を楽しむのが、日本人だからね……」
「ならば私も構わないだろう」

言葉を紡ぐ四谷の唇が艶やかに滑り、天現寺橋を抱き竦める。周囲の視線など気にもせず徒に笑う瞳、常に他人を振り回すのは彼の性分だ。

それにゆえこそ、四谷の行動に天現寺橋もまた驚かず、ふっと口角を上げた。
動揺するどころか挑発をするような瞳を向ける天現寺橋に、四谷は更に上機嫌になる。

羽織には似つかわしくない行動ではあるが、街に流れるXmasキャロルに合わせて口遊んだ。

「何だい、楽しげだね」
「楽しいさ。宗旨替えでもするかね」
「はっ、きみが。面白い冗談だ」
「……すれば私も貢ぎを落手できるのだろうか。ならば能う限り、天現寺橋お前がいい」

耳朶を食むと艶っぽく囁く。強い誘いだと分かってはいたが、天現寺橋は四谷を押し返すと微笑む。

「悪いけど、寒い中で冷たい身体の奴とくっつく気は毛頭ないんだ」
「ふむ、私には神のご加護はないのか?」
「羽織の身分で何を言っ……――でも、まあ」

冷えた腕を伸ばして長い髪を引っ張ると、頬に唇を落とす。これくらいはいいかと、舌で乾いた唇をなぞった。
物憂いにこちらを見つめてくる四谷に、口の端を釣り上げたまま、天現寺橋は指で頭上を指し示す。
そこにはヤドリ木が小さく風に揺れていた。

「よいXmasを四谷。きみに神のご加護があらんことを」

ひらひらと手を翳すと満足げに四谷を置いて、天現寺橋は再びそのまま駅に向かってひた歩く。幾分か気分は晴れていた。



「――ふむ、これはまた……」

次に見つけたのも見慣れた後ろ姿、烏のような闇色のスーツを着た男。
紫煙を燻らせたまま、視線だけをXmasツリーに向け見上げていたのは、目黒だった。

「奇遇だね……というよりは、お互い不運だね」
「――あ。てめぇ、何だよ」

相も変わらず、つまらなそうな呆れたような軽蔑したような声で挑発してくる。だから天現寺橋も抑揚を持たずに淡々と答えた。

「別に何も。こんな日に一人でこんな所にいるとは思わなかったんでね。似合わないどころか、すごく滑稽で笑えるよ」
「お前に言われたくねぇな、お互い様だ」

銜えていた煙草を手に持ち替えると、不機嫌に煙を吐き出す。そして、副流煙を吸い込んで噎せ、顔を顰めた天現寺橋の頬に触れた。
髪に付いたヤドリ木の葉を、摘まみ落とす。意外な行動に天現寺橋は虚を突かれるが、目黒は眉一つ動かさない。

「ったく、忌々しい行事だぜ。何が楽しいのか分かったもんじ
ゃねぇ」

何も無かったかのように、街の喧騒に悪態をつく。――しかれども。

「そう言いながらも、随分と長く此処に座っているのは何故なんだい?」
「――っ……」

冷えた身体は、目黒が長時間此処にいた証拠だ。
何を思ってこの男が此処に居るのか天現寺橋は定かではない。
けれどさっきの見上げる姿は、まるでクリスチャンが神の加護を祈る姿にも見えて。だからつい声を掛けてしまったのだ。

「夜には相応しくない明るさだと思って見てただけだ」

確かに、いつもの雑多な雰囲気を、この眩い灯が全てを覆い隠してしまう。
であれど、どんなに取り繕って綺麗に見せても、本来の汚さや闇が隠れるのは束の間である。

「そんなまやかしに騒いでる阿呆ばかりだと、苛々するんだよ」

吐き捨てられた言葉から後悔や懺悔や鬱憤など、行き場の亡い思念が渦巻いているように思えた。
天現寺橋は溜息を吐き、鋭く強い視線で目黒を捕らえる。

「……いいんじゃないか。ずっと汚い部分だけを見るのも疲れるだろう。だから、きみもこうやって綺麗な灯に惹かれて魅入っていたんだろう、本当は」

天現寺橋の言葉に、目黒はぐっと息を詰まらせる。
言葉で取り繕うから辛くなるのだと、この男を見ているとそう感じて仕方が無い。

何だかんだと言ってはいるが、目黒はこの美しいツリーに何かを重ね見ていたのだろうと、天現寺橋は結論付けた。
ちいさく、舌打ちが聞こえた。

「さっさと、いけよ」
「言われなくても」

踵を返して駅に向かおうとして、あ、と天現寺橋は立ち止まる。袂から先程貰った、ポケットティッシュを出して目黒に投げた。

「何だよ」
「プレゼント……鼻垂れてるから」
「っ!」
「嘘だよ。裏に付いてるの使うといいよ。まだそこに居るんならさ」
「……何だ、それ?」

天現寺橋の意図をはかりかねつつ捲ると、そこには小さなカイロがついていた。
「――天現寺橋」

人を掻き分けて、天現寺橋が六本木駅に入ろうとするところを呼び止められる。
山吹色の髪に、仕立ての良い白スーツに身を包んだ昔馴染みが、車の中から手を振っていた。

「……遠回りになるのに、悪いな」
「偶然見掛けたからさ、気にしないで」

柔らかい本革シートの心地良さを背に感じながら、上大崎の横顔を見やる。
相変わらずこの図ったようなタイミング……きっと今回も偶然ではないのだろうと察す。懲りない男だと、天現寺橋は嘆息した。


「――あのさ、今日Xmasだろう。僕からのプレゼント受け取ってよ」

事務所前に着いた途端、上大崎からキャメル色の小さな紙袋を一つ渡される。
わけがわからないまま受け取ると中身を見るよう促され、天現寺橋はラッピングを剥がし中を覗く。
真新しい皮の匂いがして、小さな箱を開けるとそこには煌めくリングがひとつ。冬の夜空に輝くオリオン座のように、三個ダイヤが寄り添い合う。

「何だいこれ?」
「何って見たまんまだよ。Xmasプレゼントと言えば、リングだろう」
「……相手が女性だったらな。何で僕がこれを貰って喜ばないといけないんだ?」
「え?」
「恋人でもないのに……重い」

容赦なく切り捨てる天現寺橋に、上大崎は肩を落とす。ほんの少しだけ罪悪感に苛んだが、やはり貰うわけにはいかない。
どういうつもりか分からないが、冗談でも――いや、本気であればあるほど天現寺橋は受け取れない。

「――送って貰えて助かったよ……じゃあ」

そう言って車から降りると、上大崎は慌てて一緒に車から下りてきた。

「待って! ――コレ、持っていってよ。どうせご馳走って言ってもきみのところじゃ限界があるだろう」

今度は先ほどと違い、大きな赤い袋を渡される。中身は七面鳥の丸焼きだった。
断られるのを見越して、違うプレゼントも用意していたということなのだろうか。

「最初からこっちだけ渡してれば良かっただろう」

天現寺橋の声は感心半分、呆れ半分だ。しかし、気にした様子も見せず、上大崎はにっこりと微笑んだ。

「――もしかしたら、って事があるからね。ほら、寒いから早く事務所に入って。バサラに宜しくね」
「ああ――ありがとう、上大崎」
「どういたしまして」

天現寺橋は微笑む上大崎の胸に頬を寄せる。温かい、そう思った。

数秒間……たったそれだけ身を寄せ合うと、天現寺橋は何も言わず事務所に続く地下の階段を下りていく。
来年は二人で祝いたいね、という上大崎の声は天現寺橋には聞こえず宙に溶けて消えた。
「ただいま」

ドアを開けると、Xmasケーキを持ったバサラが笑って出迎えてくれる。

「お帰りなさい、センセー! って、何だかご機嫌ですね。寒いからもっと機嫌が悪くなって帰ってくるかと思ったのに」
「そうかな?」

ふふふと笑い、七面鳥の入った袋をバサラに渡すと羽織を下ろして、ソファに座る。さあ、パーティーの始まりである。
今日ばかりはいつもの鬱積を忘れて、ただ可愛い式神が催したイベントを楽しむのも悪くはない。

「MerryXmas、センセイ!」
「ああ、MerryXmas」

まだどこかでXmasキャロルが流れている気がした。


絵:坂本あきら  文章:穂波