「人でなしが桜道を歩く」
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「最近部屋に小さいおっさんが出ます。
もしかして虫かなと思いますが、いやあれはおっさんです。
部屋が本で埋まっているせいで幻覚を見ているのでしょうか?」


 事務所の依頼フォームにそんな内容が届いたのは、桜が咲き始めたばかりの頃合いだった。
 天現寺橋は事前に調査がてら卜術を行い、それにより思うところもでき、この依頼を引き受けることにした。

「センセイ、買って来ましたよ~」

 桜の花弁を肩に乗せて、白い箱を持ったスーツ姿のバサラが小走りに駆け寄ってくる。
従順な式神に礼を告げると、天現寺橋は暢気に欠伸をした。依頼はあれど春は眠い。

 件の家に着くと、有無も言わさず天現寺橋は依頼主の部屋に上がり込む。
書斎を思わせる重厚な本棚の壁から溢れ出した本や乱雑に置かれた服や物を踏まないよう、中に押し進んだ。
やはり、と。飾られた桜の枝に、己の卜術はそれなりに精巧だと自画自賛した。

 部屋の中心まで来ると天現寺橋は視線だけを僅かに点在する床にやり、立ち止まる。
バサラは徐に白い箱から甘い香り漂う小瓶を取り出した。

「……それ。プリン、ですか?」

「はい、プリンですね」

 不安げに眉を顰める彼に微笑んで適当にプラスチック製のスプーンを添えたプリンを下に置く。
カラメルとのコントラストも美しい卵感しっかりのプリンは、一個税込み三五〇円だ。

「おっさんは存外に女性より甘い物が好きなんですよ」

 天現寺橋の言葉通り、プリンを置いて程なくして蟄虫が戸を啓くかのように、おっさんが三人わらわらとプリンに集ってきた。
どんな表情をしているのか天現寺橋の位置からだと分からないが、禿げた頭を幾度と叩いて喜んでいる……ように見える。

 ひとりが袋からスプーンを取り出し、ふたりはプリンの包みを剥がす。
そして瓶によじ登ると、三人でスプーンで掬ったプリンを頬張り始めた。

「わ、三人もいたんだ……」

 彼は頑是ない顔でそう呟く。
見分けのつかないおっさんたちに、居るのは一人だけだと思い込んでいたようだった。
天現寺橋は紬の袂を軽く脇の方へ押しやりながら、腕を組む。無知を窘めるような口ぶりで嘯く。

「おっさんは一人じゃ寂しい生き物だからねえ。ひとり、ふたり、またひとり、と……仲間を増やしていくんだよ」

 からかうように意地悪く鼻で嗤った。

「それじゃあ……」

 五歳くらいの外見をした彼の大きな目がぱちくりと瞬きをした。

「ああ、今後も増え続けるだろうね」

「そんなの困ります」

「だよねえ……」

 やれやれ、と嘆息する。
己で言っていても、おっさんが増えていく様子はあまり見たいものではない。
天現寺橋はおっさんに近寄ると、ひとりを摘まんでふくふくとした掌の上に載せて微笑んだ。

「やあ、随分と“彼”にご執心じゃないかい」

 そう言うと、掌のおっさんが口端にプリンを付けたまま、慌てたように大声を出した。

「げ、陰陽師!」

「やばいぞ」

「逃げろ」

 つられるように瓶のふちにいるおっさん二人も声を出す。

「――バサラ」

 すかさず天現寺橋は己の式神の名前を呼んだ。

「はーい。え~い!」

 バサラは桃のような頬を緩ませると、残りのおっさん二人を両手で掴む。
暴れる相手を離さないように、天現寺橋と彼の隣に並んだ。

「離せ」

「絶対此処から退かないぞ」

「そうだ断固拒否するぞ、馬鹿陰陽師」

「……ふうん」

 おっさんたちは天現寺橋が何をしに来たのか分かっているようだった。
罵詈雑言を浴びせてくる相手に天現寺橋は筆を袂から取り出すと、順に柔らかな毛をその小さな身体に押し当てる。
ぎゅっ、ぎゅっ、さわさわ。

「なら封印して……」

「や、やめろ」

「あ……そんなとこまで……」

「さ、触らないでくれえ……」

 嬲るように上下、左右に動かすと、おっさんたちは弱々しく声を漏らす。
知らぬ素振りで筆を動かしながら天現寺橋は言葉を続けた。

「だったら、彼に付き纏うのはそこまでにしないかい」

「ひ、人聞きの悪いことを言うな」

「……そうだそうだ」

「ッ、私は成長を見守っていただけなんだからな……」

「…………だ、そうだけど」

 諦めの悪い相手に呆れ、かといってそれ以上諭すのも時間の無駄だと矛先を変える。
急に話を振られた彼はあからさまに困惑したように肩を震わせた。

「そ、それは、有り難う、ございます。……でも、あまりいられると……その、僕も困っちゃいます」

 彼は辿々しい言葉で本音を語る。それはそうだろう、と天現寺橋もバサラも合わせるように頷いた。
しかし、それでも納得できないのか、おっさんはぷるぷると頬を震わせながら首を振る。

「そんな」

「だって」

「もうすぐなのに」

 口々にそう言った。

「ですが家主にも迷惑がかかりますし」

「う」

「そんな」

「辛い……」

 おっさんは悲しいというよりも、茫然としているようだった。
どうしたらいいのか、助けてくれと言いたげな顔で天現寺橋を見つめてくる。
そんな顔をされても困ると頬を掻きながら、天現寺橋は息を吐くと提案をしてみた。

「……そうだねえ。もうすぐっていうなら……どうだいきみ達、どちらとも暫く僕の事務所に来るって言うのは」

「貴方の家、ですか?」

「おお、いい案だな」

「それはいいぞ、陰陽師」

「私は行くぞ」

 おっさんは天現寺橋の提案に一にも二にも早く賛同する。困惑気味に唇を結ぶのは彼、だけだ。
 わかる。何故己が、と思っているのだろう。

「……古来から神や精霊、侏儒に小人。
神話ではスクナビコナにコロポックルに……果ては御伽噺の一寸法師にかぐや姫など、
小さき存在は畏怖されつつも愛され崇められてきた。
姿を変え存在を変えおっさんとなった今でもそう何ら変わらないよ。
寧ろ、害どころか幸福を呼び込むくらいだし、仲良くするのもきみのこれからの人生には悪くないんじゃないかい」

「そうそう。コップのフチにいるOLさんと同じだと思えばいいんですよ~……」

 耳障りの良い台詞だけを口にしている。分かっていた。
 けれど、彼がこの家にこだわる理由が特にないのなら、天現寺橋が優先するのは何よりも依頼である。
今回ならば、どうにかしておっさんをこの家から出す。

 損得を秤にかけ……人でなしと言われても、己の杓子定規で測った考えで幾らでも詭弁を並べ立てるのが天現寺橋という男だ。
 例えそれが人間であろうと妖であろうと、神や仏であろうと。

「……」

 そんな天現寺橋に文句のひとつでも言うかと思えば、彼は何も言わずただ天現寺橋の続きを待っている。
沈黙の間にも、もう一押ししてくれ、瞳がそう言っている気がした。
 天現寺橋は後押しするように言葉を紡いだ。

「それにきみの成長した姿、僕も見てみたい。
おっさんもそれだけが望みみたいだし……きみの望む条件もきちんと提供しよう」

 悪意はない。あるのはただ純粋な興味とおっさんの好意だけだとハッキリと示す。
 すると張り詰めた緊張は和らぎ、彼は初めて小さな微笑みをみせる。

「……分かりました。なら、おっさんたちは一日一時間だけの面会。
日が当たる風通しの良い場所……それが条件です」

 此処とはまるで異なる条件に、天現寺橋は苦笑する。そうか、なんだ天現寺橋も謀られたか。

「約束するよ」

「では、連れて行って下さい」

 交渉成立だ。

「嬉しいよ。それじゃあ――――急急如律令……」


 …………、

「天現寺橋先生、どうでしたか?」

 部屋から出ると、本来の依頼者である女性が天現寺橋に声を掛けてくる。
天現寺橋は営業用の笑みを浮かべて、それに応えた。

「無事、小さいおっさんは回収致しました。もう安心していいですよ」

「有り難うございます。それで原因はやはり本なんですかね……」

「いや、関係ありませんよ。
しかし、鬱積した空間は人ざらぬ者も呼び寄せる……片付けは兎も角も、空気の入れ換えはするすることをおすすめします」

「そうですか、分かりました。……それで、報酬額は?」

「ああ、そうでしたね。
今回はプリン代三五〇円……それと、部屋にあった桜の枝についていた蝶々の蛹、それだけ頂戴できたらと……」

「蛹、ですか」

「ええ。実は僕、蝶が好きなんです」

「そうなんですか、構いませんよ。
落ちてた桜の枝を持って帰って来たらついていた蛹なので……金色で珍しいからそのままにしてましたけど。どうぞ」

「……ならば、これで成立です。天現寺橋事務所をご利用下さいまして有り難うございました」

「また何かありましたら宜しくお願い致しますね、先生」

「勿論。何かありましたら是非……」

 丁寧に謝辞を述べると、天現寺橋は報酬を手に依頼者の家を後にする。

 事務所に引き返す道すがら、バサラがふいに呟いた。

「センセイ、役者ですねー……」

「何がだい?」

「蝶が好きってくだりですよぉ、ボクそんなの初耳です」

「嘘じゃないさ。“彼”は妖の中でも珍しい金胡蝶々だ。お目にかかれただけで嬉しいよ」

 金胡蝶々は透明にも近い白い羽を持ち、金粉を撒きながら飛ぶという古来から伝説とされる蝶である。
それがこんな身近に、偶然いたとなれば、おっさんだけでなくその羽化を見守りたいと思うのは陰陽師の常だろう。
……それに、だ。

「蛹が孵れば、その空になった蛹でも高値で売れるらしい。
おっさんは満足そうに巻物の中にいるし、金胡蝶々はこれから棲み良い環境を手に入れる。
僕の懐も潤って……一挙両得だね」

 金胡蝶々は羽化したら人に触れないよう山奥に連れて行くつもりだが、天現寺橋も謀られたのだ。
それくらいのうまみがあっても罰は当たるまい。

「さすがセンセイ」

「ふふ」

 蛹――彼――が眠る、硯よりひとまわり小さいほどの小箱を手にし、天現寺橋は満足そうに口角を上げる。
今の心境を言うならば、一石三“蝶”だ。
 微笑むほど重くなる生を感じながら、人でなしが桜道を歩く。



 了


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※内容は天現寺橋事務所に投稿された依頼のひとつからインスピレーションされたお話になっており、
依頼者様ご本人にまつわるお話ではございません。
沢山のご依頼ありがとうございました!


文:穂波

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